第2回法律コラム 【株式譲渡スキームについて】 顧問弁護士執筆
2017年3月06日
桜川綜合法律事務所 弁護士 石田周平
1 はじめに
前回のコラムでは、飲食店の経営者の方がM&Aを検討されるに際して、適切なスキーム選択を行うことの重要性をご説明させていただきました。
今回のコラムでは、最もポピュラーなM&Aの手法のである株式譲渡スキームの概要、メリット・デメリット等についてご説明したいと思います。
2 株式譲渡の概要
(1)株式譲渡と募集株式発行との区別
株式譲渡とは、発行済株式を買主に譲渡する方法であり、新たに株式を発行し、当該株式を第三者に引き受けてもらう募集株式発行手続とは区別されます。
(2)全部譲渡と一部譲渡
また、株式譲渡は、発行済株式の全部譲渡と一部譲渡とに区別されます。
発行済株式の一部譲渡は、資本業務提携を行う場合に用いられることが多く、公表されているケースでは、ラーメンで有名な株式会社せたが屋の発行済株式総数の66.5%が現経営者から株式会社吉野家ホールディングスに譲渡された事例がございます。
その一方、現経営者の方が健康的な問題、その他の理由により、会社の経営から退かれるケースでは、発行済株式の全部譲渡が行われるケースが多いかと思います。
3 株式譲渡のメリット・デメリット
(1)株式譲渡のメリット
冒頭で、株式譲渡スキームが最もポピュラーなM&A手法とご説明させていただきましたが、なぜ、株式譲渡スキームが最もポピュラーな手法の一つと言われているかといいますと、それは、他のスキームと比較して、手続がシンプルであり(経営者が会社の株式を100%有しているケースでは、譲渡会社側の手続としては、譲渡承認のための取締役会の開催等のみで足りるケースが多いです。)、また、経営者である株主に直接譲渡代金が入ってくるからかと思います(中小の飲食店の場合、株式譲渡スキームと並んで事業譲渡スキームが用いられることも多いですが、同スキームの場合は、会社にお金が入るため、株主にお金を回すためには、会社において配当ないし清算等の手続を取る必要があります。)。
また、税務上も、譲渡人が個人の場合、譲渡益に対し20%の譲渡所得税が発生する程度であり、税務上の取扱いも非常にシンプルです。
さらに、譲渡の際に必要となる手続についても、事業譲渡スキームの場合、契約関係(労働契約を含みます。)を買主に承継するためには、契約の相手方の同意を個別に取得する必要がありますが、株式譲渡スキームの場合には、法人格はそのままですので、契約の相手方の同意が基本的には不要です(ただし、契約の内容に、「株式譲渡をする場合は、相手方の承諾を要する。」との条項、いわゆる「チェンジオブコントロール条項」がある場合には注意が必要です。)。
このほか、株式譲渡スキームの場合、法人格はそのままですので、許認可等を新たに取り直す必要はありません。
なお、株式譲渡スキームそのもののメリットという訳ではありませんが、株式譲渡契約においては、買主の誓約事項として、現経営陣の保証・担保を解消する旨の誓約事項が規定されることも多く、このような条項が入ることで、売主が保証解除・担保解除を受けることができるとの点も、株式譲渡スキームの大きなメリットかと思います。
(2)株式譲渡スキームのデメリット
一方で、株式譲渡スキームの一番のデメリットは、債務(偶発債務を含みます。)が買主側に承継されてしまうとの点かと思います(この点、事業譲渡スキームの場合には、個別に承継対象の資産・負債を選別でき、偶発債務の承継を防止することができます。)。
そのため、株式譲渡スキームの場合、買主側で行うデューデリジェンス(買収監査)の範囲が広範に及び、売主側としては広範囲の監査に応じる必要があることが多いとの点のほか、偶発債務のリスクが高いようなケース・会社の債務が重たいようなケースでは、買い手が見つかりにくいこともあるとの点には留意が必要です。
また、株式譲渡スキームのデメリットという訳ではありませんが、同スキームは、会社そのものの支配権を譲渡するスキームですので、会社の事業の一部のみを切り出して売却をするというケースにはなじまないということになります。
4 まとめ
以上のように、株式譲渡スキームは、会社の事業全てを譲渡し、経営から撤退したいという場合には、現経営者にとってメリットが多いスキームですので、現経営者の方が、会社の売却を考えた際には、同スキームを前提に、買い手を探されることも多いかと思います。
この点、株式譲渡スキームで買い手がすぐに見つかればそれに越したことはありませんが、上述のとおり、偶発債務のリスクが高いようなケース・会社の債務が重たいようなケースでは中々買い手が見つからないこともありますので、そのような場合には、会社が置かれた状況、自分がM&Aによって達成したい目的を踏まえ、また、アドバイザーに依頼している場合にはアドバイザーの意見を聞いた上で、スキーム変更(事業譲渡、会社分割)を行うことも必要になってくるかと思います。
これはM&Aに限った話ではありませんが、最終的な目的を設定し、その目的を達成するための手段が複数考えられるのであれば、一つの手段(プランA)に固執することなく、複数の手段を視野に入れておき、場合によっては、別の手段(プランB)を選択するといった柔軟な考えを持っておくことが重要ではないかと考えます。
以上