第2回会計税務コラム 【~売り手サイドの心構え1/3~】 公認会計士 水谷是繁

2017年6月09日

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総合

第2回会計税務コラム

【~売り手サイドの心構え1/3~】

公認会計士 水谷是繁

前回は買い手側の心構えについてお話ししました。

今回から3回に分けて自身の育てた会社や店舗の売却を希望する売り手側の心構えについてお話ししたいと思います。

売り手がM&Aに臨むにあたって考えるべきことは大きく分ければ「よりよい条件で売却するための工夫をすること」と「売却するという意思決定についてより深く検討しておくこと」の2点です。

手塩にかけて作り上げた会社や店舗を売却するにあたっては、良く評価してくれている買い手に良い条件で売却したいと考えるのは当然です。今回と次回のコラムで、よい評価を得るための財務的なポイントをお話しします。

また、会社や店舗の譲渡は売り手経営者にとって非常に大きな判断ですので、何となくの思い付きではなく、譲渡するということについてしっかりと深く考えておくことが重要です。このことは、良い買い手に売却するんだというブレない思いを醸成し、ひいては新しい経営者の下で働くこととなるスタッフのモチベーションや良い買い手を呼び寄せることに繋がります。次回コラム『~売り手サイドの心構え3/3~』でいくつかの視点で自身の会社・事業・店舗を売却する際の考えるべきポイントを紹介しますので、売却を検討されている読者の方は是非自問自答してみてください。

(なお、M&Aと言っても会社自体の売却・複数店舗の事業としての売却、個別店舗の売却など様々なパターンがありますが、以下はこれらに共通の内容であるため、代表して「会社売却」を前提にお話しします。)

 

1.決算内容を精査する

買い手がM&Aを検討するにあたっては、当然に対象会社の財務諸表(貸借対照表(BS)や損益計算書(PL))を確認することになります。

買い手に自社の財務諸表を確認してもらう際に売り手が理解しておきたい概念として『情報の非対称性』という重要な考え方があります。用語としては難しそうな響きですが、(実はこの概念で2001年にノーベル経済学賞が出ています。)内容は直感的にご理解いただけると思いますので、簡単に説明させていただきます。

Wikipediaの定義によると「市場における各取引主体が保有する情報に差があるときの、その不均等な情報構造である」とされていますが、分かりにくいですね。

飲食店のM&Aにおいて『情報の非対称性』を説明すると次のようになります。

売り手は自分のお店ですので、「従業員同士があまりうまくいっていない」とか「周辺住民から騒音や臭いで苦情が来ている」とか「これまで上得意客だった○○商事が来年3月で移転してしまう」などといった様々な店舗に関する情報を持っています。こうした情報はお金が動かないために会計帳簿に現れず、結果、財務諸表のどこを見渡しても出てこない情報です。

一方で、買手が入手できる情報としては、「財務諸表から分かる情報」「実際に店舗に行ってみて分かる情報」「売り手にヒアリングして分かる情報」「同業者等からのうわさレベルの情報」といったところでしょうか。

この、売り手は対象店舗のほとんどすべての情報を持っているが、買手は得られる情報に制約がある、という状況を『情報の非対称性』といっています。売り手と買い手は同じ情報を持っていないということですね。

『情報の非対称性』があると何が起こるか。これは結局、買手が提示する買取価格に反映されることとなります。

平たく言えば、「よくわからない所があるから、高く買うのは怖いよね」ということです。

前置きが長くなりましたが、高い買収金額を提示させるにはこの『情報の非対称性』をより小さくすることがポイントになります。

特に買手が売り手の財務諸表のDDを行った結果、多くの検出事項が挙がってしまうと急に疑心暗鬼になることが良くあります。これは買手の立場になってみれば当然のことです。

従って、売り手の心構えとしては、(1)財務諸表をきれいにしておくこと(2)求められた資料を適時・適切に提供できるようにしておくことが重要です。

(1)について具体的には、会計処理のポイントとして「不明な残高はないか」「店舗コストとして不要な費用の計上はないか」「まだ支払っていない費用も正しく計上しているか」「閉店した店舗の内装や備品が固定資産に上がったままになっていないか」などを事前に確認して、直近の決算までに正しく処理しておく必要があります。

また、(2)については例えば「店舗ごとの部門別損益が分かる資料」や「業績推移をわかりやすく説明する資料」、「就業規則や賃金規定などの人事労務関係の資料」、「加入している保険証券」など、DDで求められそうな情報はあらかじめ整理しておくべきでしょう。

この辺りはご自身のみではなかなか対応しきれないと思いますので、DDが入る前に事前に専門家へ相談しておいた方が効率的かと思います。

 

次回も引き続き、売り手がよりよい条件で売却するための工夫についてお話ししたいと思います。