第5回法律コラム 【事業譲渡スキームについて(下)】 桜川綜合法律事務所 弁護士 石田周平
2017年8月15日
第5回法律コラム【事業譲渡スキームについて(下)】桜川綜合法律事務所 弁護士 石田周平
承前
6.事業譲渡の留意点
(1)譲渡会社の競業の禁止(21条)
譲渡会社は、譲渡日から20年、同一の市町村の区域内またはこれと隣接する市町村の区域内において、譲渡した事業と同一の事業を行うことが禁止されます(1項)。この点、上記規定は任意規定ですので、当事者間の事業譲渡契約において、これと異なる形で、競業禁止の範囲を限定することも、拡大することも可能であり、実際は、事業譲渡契約において、競業に関する規定を設けるのが通常です。その内容としては、競業禁止の範囲・期間だけでなく、業態についても、飲食店という形で規定することも可能ですし、さらに限定して例えばラーメン店は禁止という形で規定することも可能です。
実際のケースでは、譲渡会社が引き続き営業を行うことを前提としているかどうか、譲受会社として譲渡会社の競業についてどのように考えるか等の事情を踏まえ、当事者間の合意により、競業禁止の範囲を決めていくことになりますので、譲渡会社・譲受会社とも、この点については、事前に意識をして交渉に臨むことが必要となります。
また、その合意した内容については、事業譲渡契約書に落とし込むことが必要です。なお、当事者間の特約で、競業禁止の範囲を拡大する場合でも、その期間は最大30年とされているほか、譲渡会社が、不正の競争目的をもって同一の営業を行うことは禁止されますので、その点には留意が必要です(2項、3項。これらは強行規定です。)。
(2)譲渡会社の商号を使用した譲受会社の責任等(22条)
譲受会社が、譲渡会社の商号を引き続き使用する場合、譲受会社は、譲渡会社の事業によって生じた債務を弁済する責任を負います(1項)。
この点、事業譲渡のメリットの一つとして、簿外債務の遮断がありますが、そのメリットを享受するためには、この規定の適用を受けないことが必要となります。そのため、譲受会社としては、譲受会社の商号の選択には十分気を付ける必要があります。
また、商号を引き続き使用する場合だけでなく、屋号(たとえば店舗名)を引き続き使用する場合でも、22条1項の類推適用を認め、譲受会社の責任を認めた裁判例(東京地判昭和54年7月19日等)もありますので、譲受人としては、この点にも十分注意する必要があります。
このほか、譲受会社は、事業譲渡後遅滞なく、譲渡会社の債務を弁済する責任を負わない旨の登記をするか、譲渡会社と譲受会社から、第三者に対して、譲渡会社の債務を弁済する責任を負わない旨の通知をすることで、弁済の責任を免れることができるとされており(2項)、この登記・通知をすることで弁済の責任を回避することも可能ですが、裁判例では、この登記をしている場合でも、信義則上、譲受人が支払拒絶をすることは認められないとした裁判例(東京地判平成12年12月21日、東京地判平成平成16年7月26日)もありますので、譲受会社としては、やはり注意が必要となります。
(3)譲受会社による債務の引受(23条)
譲受会社が譲渡会社の商号を引き続き使用しない場合でも、譲渡会社の営業によって生じた債務を引き受ける旨の広告をしたときは、譲受会社は、その債務を弁済する責任を負います(1項)。
この点、譲受会社から、譲渡会社で取引があった先に対して、事業譲渡の案内文等を送ることもあるかと思いますが、その案内文の内容によっては、上記債務を引き受ける旨の広告に当たるとされることもあります(東京地判平成13年5月25日等)ので、譲受会社としては、その内容については十分注意する必要があります。
(4)窮境状態での事業譲渡における留意点
窮境状態となった譲渡会社が、全ての事業を譲受会社に譲渡する一方で、一部債権者(金融機関等)を譲渡会社に残す(譲受会社に承継させない)ケースが散見されます。
このようなケースは、詐害的な事業譲渡に当たる可能性が高く、譲渡会社に残された債権者から、①詐害行為取消権(民法424条)を行使され、当該事業譲渡が無効とされる可能性があるほか、②平成26年の会社法改正で新設された23条の2の規定に基づき、譲受会社に、直接債務の履行を請求される可能性があるので、特に注意が必要です[1]。
この点、「5 事業譲渡のメリット・デメリット」(第4回法律コラム)の(2)⑥にも記載したとおり、窮境状態となった場合の事業譲渡においては、株主への配当の前に、事業譲渡代金は債権者の弁済に充てる必要があり、自由に使うことはできないとの点は改めて注意が必要です(譲渡会社の清算のための費用であれば事業譲渡代金を使用することも可。ただし、その内容・金額については、専門家の意見を踏まえ、適正な範囲に収める必要があります。)。
[1] 譲渡会社が破産手続きを取った場合でも、破産管財人によって、否認権を行使される可能性があります(破産法160条1項1号)。
また、同⑦記載のとおり、譲渡会社の処理方針を決める必要も出てきますが、この点については、譲渡会社が置かれた状況(資金繰り等)を踏まえ、譲渡会社を私的整理で処理できるのか、法的整理で処理をせざるを得ないのかを判断する必要があります。
このほか、同⑧記載のとおり、窮境状態での事業譲渡の場合、詐害的な事業譲渡とならないよう、適正価格以上での譲渡が必要となります。
以上のように、窮境状態での事業譲渡については、通常のケースとは異なる配慮が必要となりますので、譲渡会社・譲受会社ともに、詐害的な事業譲渡とならないよう、倒産分野に明るい専門家の意見を踏まえた上で、適切な手順を踏むことが必要です。
以上